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2023年12月17日説教要旨「洗礼者ヨハネ」

  • masuda4422020
  • 2023年12月16日
  • 読了時間: 3分

ヨハネによる福音書 1章19~28節 桝田翔希牧師


最近ふと気づくとコインパーキングの値段が上がっているように思いました。調べてみるとやっぱり上がっているようで、コロナ下の前後では変わっているようです。昔、駅前に土地さえあれば、すごく儲かるのではないかと妄想したことがありましたが、駐車場があったら結構儲かるのではないかと32歳になっても考えてしまします。最近はコインパーキングが増えていますが、初期投資が少なく儲かるので、土地がコインパーキングとして利用されるということが多いのだそうです。儲かるのならそのほうがいいですが、一方で少しのものでも儲けてやろうという様子を見ると、忙しいなぁという気もします。『あわいの力 「心の時代」の次を生きる』(2014年)という著書の中で「教育に『役に立つこと』が求められるようになったあまり、教師からも自由な『空白』の時間が奪われ 」、この姿は教育以外の場所でも表れていると指摘されていました。現代では空白の土地がどんどんコインパーキングと化していきます。一方で著書の中では神社やお寺の境内は「空白の空間」としてまつりやコミュニティが形成されてきたのではないかと指摘します。教会は宗教施設として「空白の空間」となっているでしょうか。

洗礼者ヨハネについて四つの福音書はその活動をそろって報告しています。それぞれの福音書はおおきな違いを含みながら書かれているので、洗礼者ヨハネに関する記述も相違がありますが、大まかな共通したイメージに「荒れ野」というキーワードがあります。聖書の中で荒れ野という言葉は何度も出てくるものです。出エジプト記の中でイスラエルの民が40年間彷徨ったのも荒れ野であり、イエスが宣教の旅に出る前に悪魔の誘惑を受けたのも荒れ野でありました。荒れ野とはイスラエルのごつごつした岩が転がり草木の少ない土地のことであり、にぎやかな城壁の外にある空間であり、人が住むような場所ではないというところです。しかし聖書はそのような荒れ野と居場所で、神の啓示があると何度も語っています。洗礼者ヨハネを訪ねたのは宗教的中心地であるエルサレムの宗教的重役の人でしたが、ヨハネは豪華絢爛な都会を舞台とするのではなく、荒れ野で生きていました。

私たちは世の中の多くのものが役に立つかどうかという判断基準で見られ、空き地はすぐさま駐車場になって活用されていく世の中で生きています。男女の雇用均等ということが言われる裏にも、人材を活用していこうという思惑が見え隠れしています。世の中から空白がどんどんなくなろうとしています。しかし、イエスの出来事はエルサレムの中心ではなくガリラヤや荒れ野といった場所で始まりました。人が住むことのないさみしい場所で起こったのです。このことは私たちが普段の生活で持つ価値観とは逆の姿が描かれています。温かさではなく冷たさや虚無の中から神の声が聞こえているのです。

 
 
 

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