top of page

2023年12月10日説教要旨「永遠の命」

  • masuda4422020
  • 2023年12月9日
  • 読了時間: 2分

ヨハネによる福音書 5章36~47節 桝田翔希牧師

 

クリスマスの物語はキリスト教の年間行事の中では、最も盛大に祝われるものと言っても過言ではないように思います。しかし、4つの福音書ではマタイとルカでしか記録されていません。一方で、十字架での受難ということは4つの福音書がそろって記録しています。歴史的に考えると、初期キリスト教会はクリスマスよりイースターの方が重要視していたということができます。しかし、現代日本ではクリスマスの方が盛大に祝われます。そして、聖書には書かれていないこともいつの間にやら信じてしまっています。クリスマスに関する聖書の記述について、よく言われることの一つに東方の学者は3人とは書かれていないということがあります。聖書には学者たちとあるだけで人数までは記されていないのですが、なんとなく3人と言うイメージはないでしょうか。私たちは聖家族などの置物から、伝説的なクリスマス像を持っているように思います。そして暖かな聖家族像に、私たちは家族観を押し付けられるような気もします。クリスマスの物語の背後には住民登録(戸籍制度)をさせて効率よくお金を集めようとする管理思想が見え隠れしています。

イエスはベトサイダという場所の池で安息日に癒しを行い、激しい非難にあうことになります。そこに反論して、イエスの権威は人から与えられたものではなく、神から与えられたと問答がされます。私たちはどうでしょうか。他人からの評価や権威付けを大切にして生活をしているということが正直なものではないでしょうか。日本の文化などに知らないうちに規範を与えられ、他者を裁いてしまうことがあります。戸籍制度なんてそんな大したものなのだろうかとも思います。

クリスマスという出来事を祝う時でも、様々な日本という土地に由来する圧力(バイアス)が働いているのではないかと思わされます。聖書が共通して語るクリスマスは、イエスが未婚の子どもであり、当時の家父長制度の中では考えられないような姿として現されました。これは、当時にあって「普通」と思われていることや、普通ではなく少数派で「忘れ去られるような場所」でクリスマスの出来事が起こったということでもあります。私たちが日本で普通と思っているところや、忘れ去られてしまうところを、今一度見つめなおすというところにクリスマスまでの備えがあるのではないかと思うのです。

 
 
 

最新記事

すべて表示
2025年6月1日 復活節第7主日礼拝説教要旨「ここにはいない」

ルカによる福音書24章44~53節 ペンテコステは、言語や民族の違いを超えてキリスト教が広まっていったという出来事ですが、イエスが生きた時代のイスラエルはローマに支配されており、誰が仲間で同じ民族なのかということは大きな問題でした。「民族・国民(ネーション)」の問題が大きくあったのです。現代に生きる私たちは急速なグローバル化の中にあって、社会の変化を身近に感じるようになりました。私たちは「民族・国

 
 
 
2025年5月25日 復活節第6主日礼拝説教要旨「イエスの祈り」

マタイによる福音書6章1~15節 先日行われた教区総会では、上程された議案がすべて可決されましたが、法定議案の他に可決された大きなものとして教区互助に関連した新たな教区負担金の算定基準が2026年度から行われるということが可決されました。なぜこのような議案が出されたのかというと、支えあうということが教区として寄り集まる中では生命線であるという理解をしたからです。私たちの尼崎教会は会衆派の教会であり

 
 
 
2025年5月18日 復活節第5主日礼拝説教要旨「神が行う業」

ヨハネによる福音書14章1~11節 以前、釜ヶ崎にあるシェルターと呼ばれる施設を見学しました。シェルターとは臨時夜間緊急避難所とよばれるもので、野宿を余儀なくされる人々の寝る場所を用意するということを大阪市からの付託事業として行われています。多い時で1,000人が1日で利用していたそうですが、今でも200人ほどの利用が1日であるのだそうです。釜ヶ崎では野宿する人が減ったと言われていますが、実際

 
 
 

コメント


  • Facebook

©2021 by 日本基督教団 尼崎教会

bottom of page