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2022年1月16日説教要旨「魚をとる人」

  • masuda4422020
  • 2022年1月15日
  • 読了時間: 2分

マルコによる福音書 1章14~20節 桝田翔希牧師


世の中は様々な部分で「専門化」が進んでいるように思います。職業に関して言えば、そのようなことはよく当てはまるのではないでしょうか。一方で、ネット社会の特徴として「フィルターバブル」と呼ばれる現象があるそうです。同じ関心を持つ人が集まりやすいネット社会では、自分に関心のある事柄しか検索しなくなり、利用観点に合わない情報から隔離されてしまう現象を「フィルターバブル」というのだそうです。職業だけではなく、私たちの生活そのものも専門化の波が押し寄せているのではないでしょうか。

マルコによる福音書で、イエスはガリラヤ湖の湖畔で4人の弟子を招きました。シモンとアンデレが網を投げている時に、イエスが湖畔から声をかけたような描写がされていますので、舟に乗って沖合で漁をしていたということではないようです。このような方法だと捕ることのできる魚は限られてきます。この方法は言い換えると、浅い場所に限定され「産卵期に魚が岸辺近くに集まる時期に限られた(星野正興ほか『人間イエスをめぐって』「農民・職人イエス」1998年)」ということも考えられます。ですのでここには、専業として漁だけをしていたというよりかは、農業などで賄えない収入を補っているような、苦しい生活の姿があります。宣教を始めるにあたりイエスが弟子として招こうとしたのは、聖書の専門家ではなく生きる苦しみを持った人でありました。次に招いた二人の弟子も漁師でしたが、舟もあり雇人までいたので、シモンとアンデレとは同じ漁師と言えど立場の違いがありました。

専門化の波が押し寄せる今日にあって、同じ思想の人たちが集まりやすいものであります。そして、共同体というものを考えるとできるだけ同じ考えを持った人が集まって一致団結したほうが組織力が高いようにも感じます。そのような人間の思いを離れた所に「神の時間」があり、弟子の招きがありました。私たちの心は、情報社会の中で頑なになっているように感じる時があります。私たちは「神の時間」にどのように応えることができるのでしょうか。

 
 
 

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